子どもの生きる力を育てる

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最近、「生きる力」という言葉をよく聞きます。

  「子どもの生きる力を育てよう」

わかったような、わからないような、
そんな曖昧な感じの言葉です。

 

 私が子どもの頃は、「生きる力」なんてわざわざ言わなくても、
子どもたちはみんな貪欲で好奇心に溢れていました。
子どもたちの「生きる力」に対する危機感なんて
大人は感じていなかったように思います。

子どもたちは、群れて外で遊び、
いわゆる「やんちゃ」をいっぱいして、
近所のおばちゃんたちに叱られては、
また性懲りも無く同じことを
繰り返していたような気がします。

 

 その頃に比べると、今は、安全で安心して生きられる。
ある意味、恵まれているのかなと思います。
でも、それが、子どもの「生きる力」を奪っているのだとすれば、
私たち大人もちょっと考えなければならないのかもしれません。

 

アフリカの子どもたちの目の輝き

 20年ほど前、私は保健医療のボランティアで2年間、
アフリカで生活していました。

 世界でも最貧国と言われていたタンザニアという国の
小さな村での生活は私にとっては衝撃でした。

 清潔な水がない、電気もない、便利な物が何一つない生活で気づいたのは、
コミュニケーションができたら「何とか生きていける」ということでした。
言葉が話せる、現地の人と仲良くなれるということは、
アフリカで生きていくためにはお金よりも大切なことだと気付かされました。

 そして、タンザニアの子どもたちの目がキラキラ輝いていました。
とても貧しい国なのに、家にお金がないのに、子どもたちの目に力がありました。好奇心が旺盛で、知識欲が旺盛で、話好きで、人懐こくて、素直な子どもたち。
日本が少し忘れかけている子どもの姿でした。

 「生きる力」という言葉を聞くたびに、
アフリカで出会った子どもたちの目の輝きを思い出します。

 

何が違うのか?

 日本の子どもたちと、当時のタンザニアの子どもたちの違いは、
欲しい物があるかないかではないかと思います。

 日本の子どもたちは、求めなくても生活に必要な物は揃っています。

 タンザニアの子どもたちは、生活に必要な水でさえ、
遠くの井戸や川から調達しないとありません。
飲み水は、汲んできた水を一旦沸かさないと飲めません。
ガスも電気もないので、沸かすためには、炭を熾して沸かします。
炭を熾すのに30分くらいかかります。

 日本では、水道を捻ったらすぐに飲める水さえ、
数分離れた井戸に水を汲みに行き、
炭を熾して水を沸騰させてから冷ますという手間がかかります。
水を飲むという工程に1時間以上かかるのです。

こういう環境では、時間がかかるだけでなく、
いかに手際よく作業をするかということを考えます。
一つ一つの動作、作業に思考が伴うのです。
また、身体をよく使います。
水汲みは結構、重労働です。
20Lのバケツを水をこぼさずに数100メートル運ぶのは結構大変です。


アフリカの生活は日常的に、能動的に身体を動かし、
考えるということが習慣になっていることがわかります。
日本の生活は、受動的でほとんど思考を伴わなくても
日常生活に必要なものは手に入ります。

 小さい頃から、身体を使って生活する習慣があり、
家事など生活に必要なこと一つ一つを考えながら
暮らしている大人を見ているタンザニアの子どもたちは、
「面倒くさい」という発想がなかったように思います。
必要なことをやるだけ、そうしないと生きていけないから。


「生きる力」がなくても生きていける世の中?

 よく考えると、日本はタンザニアのように、
生きるためにエネルギーを使う必要はありません。
便利さが増すにつれ「生きる力」がなくても生きていけるのです。

 苦労もなく生きていくことはできるけれど、
受け身な姿勢が蔓延してきている、そんな気もします。
受け身でも生きていけるのは、ある意味、恵まれているのかもしれませんが、
「生きがい」や「やりがい」みたいなことを感じることも少なくなります。

 物が溢れ、便利になった生活。でも、そのために失ったものも少なくないのではないでしょうか。

 

便利さが子どもの生きる力を奪っている!?

 便利さゆえに、いろんな物、グッズに頼ってしまい、
自分で考えながら子どもと向き合う親が
少なくなったような気がします。

知育教材に子守をさせて、
子どもがやりたいことが見えなくなってしまったり、
テレビやビデオに子守をさせて、
料理や洗濯、掃除など家事をしている
親の姿に興味を持つ子どもが少なくなったり。
子どもが料理や掃除、掃除などの家事に
興味をもってまとわりついてくると、
面倒くさく感じてしまって
「あっちへ行って、テレビ見てきて!」と言ってしまったり…。

 これで、子どもの生きる力が育つのでしょうか。

 

「生きる力」を育むことも難しい世の中

 自分の子どもが受け身で、何か言わないとやらない、
言ってもやらない、やってもらうまで待っている、
どうしたら自分から積極的に動く子どもになるのか…。
そんなことでお困りのお母さんたちも多いのではないでしょうか。

 子育ては積み重ねです。
生まれたときは、みんな同じように無力な赤ちゃんです。
その赤ちゃんをどのように育てていくか、
声かけ一つ、抱っこの仕方一つ、目の合わせ方一つで
違いが出てくるのです。

 母乳が出なくても、ミルクがあります。
抱っこできなくても、ベビーベッドやラックがあります。
母親がちゃんと世話をしなくても、赤ちゃんの体は大きくなっていきます。

 ある意味、日本のような物質的に恵まれた社会で
子どもの生きる力を育むというのは、よっぽど知恵がないと
うまくいかないのです。

 どうすれば、子どもが生き生きと目を輝かせ、
好奇心旺盛で、多少の苦労も乗り越える力をつけていけるのでしょうか。

 

親の習慣で子どもが変わる

 無意識のうちに、大人は楽な生活をしています。
できるだけ無駄を省き、効率の良いやり方を知らず知らずにしています。

 子育ては、手をかければかけるほど子どもへの刺激が多くなり、
子どもの脳の発達が促されます。
そう、手抜きでは子どもの脳は育たないのです。
脳がいろいろな刺激を受けて、神経細胞がたくさんつながった子どもは、
好奇心が旺盛で、やる気に満ちて、
どんなことも一生懸命取り組む素地ができます。

 親が子どものことを知り、どの時期にどんなことをすれば
良いのかということを知っていると知らないでは、
後の子どもの伸びがずいぶん違ってきます。

 何も難しいことはないのです。
日常生活で、子どもがいることを意識して生活する
という当たり前のことをするだけで良いのです。

朝、起きたら「おはよう」のあいさつをする。
夜寝るときは「おやすみ」のあいさつをする。
添い寝をする。
子どもがいるから、夜は早めに寝る。
朝は子どもの時間に合わせて起きる。
ご飯が食べられるようになったら、
食事はバランスのとれたものにする。
できれば、見た目も彩りがきれいな方が
子どもの視覚に刺激を与えるから、
彩りを考えて盛り付けよう

とか、そんな当たり前のことの積み重ねです。

 子どもは親のやっていることを見ながら育っていきます。
こんな人になってほしいと思うような人の振る舞いをすれば良いのです。

 でも、これが意外と難しいのです。

 親の習慣を子育てモードに変えることができれば、
思い通りの子どもに育ちます。

それが難しいから親は子育てで悩むのです。


子育ての目標(ゴール)は何ですか?

 あなたの子育てのゴールは何ですか?
親の言いつけを守り、親の言うことを素直に聞く人間になることですか?

 そうじゃないですよね?

 子育てのゴールは

 「子どもの自立」です。

 自分でいろいろなことを決めて、
生活できるだけのお金を稼いで、
一人の人間として誇りを持って生きていける人に
なることではないでしょうか。

 いつまでも親に依存して、
うまくいかないことがあっても誰かのせい
(大概は親のせいになる)にして、
それでもそれなりに生きていけるような世の中です。

 生きる力を育てるのが難しい便利な世の中で、
多少の失敗で挫けず、自信をもって生きていける人間に
育てていくことは、多少の知恵と工夫、
家族の仕組みが必要です。

そんな子育ての知恵について、
このブログで毎回お伝えしていきたいと思っています。

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